『別冊關學文藝』第六十四号掲載 浅田厚美の小説「メリーゴーラン
ド」は『季刊文科』90号(令和4年 冬季号)に転載されましたが、
同誌の 谷村順一氏の「同人雑誌評」でも取り上げられています。
(谷村順一「同人雑誌評ー依存と桎梏ー」)
浅田厚美「メリーゴーランド」(別冊關學文藝第六四号)は、主人公
波留が父親の死を看取った場面から幕を開ける。父親との永久のわか
れに、しかし波留のこころをとらえるのは悲しみでなく、集中治療室
のガラス窓に映る十年前に死んだ母親理恵の顔。もちろんすでにこの
世にいない理恵の顔が窓に映り込むはずはなく、それは波留自身の顔
なのだが、「二重顎と下降気味の頬。小判のような丸みのある輪郭。
吹き出ものだらけの皮膚」の「世界中でいちばん見たくない女の顔」
だった。理恵の相貌が、透明フイルムのお面のように自らの顔に貼り
ついていることに気づいた波留は背中に電気が走ったかのような衝撃
を受ける。窓に映った波留の顔に理恵が重なる冒頭の場面によって、
あわせ鏡のように、互いに影響をしあうことが避けられない不可分な
母と娘の関係があらかじめ示されているからだろう。このあたりの設
定がじつに巧みだ。