『別冊關學文藝』第59号
2020年令和2年夏季号
同人雑誌評(河中郁男)
次に浅田厚美「曇り空のビオラ」(別冊關學文藝」第59号を取り上げてみよう。無邪気で陽気だとも思える筆致で
坦々と植木鉢が盗まれたことから生まれる一連の小さな出
来事について語っていくのであるが、よく出来た作品であ
ると思われる。
主人公は、子供のいない主婦で夫は一か月ほどの海外出
張中である。そうした一人暮らしの家の前に置いていたビ
オラの植木鉢が盗まれたのである。主人公は真っ直ぐに立
っていられないような「不安」に捉われる。こうした「不
安」の独特な描写が目を引くのであるが、「不安」の原因
は、主人公と夫との「家庭」の形成の仕方とでも言うべき
ものにある。夫は祖父母、両親が「死」に、一人暮らしに
なった家で、田舎から出てきて孤独な主人公と「秘密基
地」のような「家」を作って来たのである。それは、
「死」=外部社会から、「生」=「内部」を守る秘密基地
でもあるのである。
アメリカの社会学者・リチャード・セネットは、『公共
性の喪失』で、十八世紀に都市空間で形成された「公共
性」の空間が十九世紀の「国家」/「家庭」の形成によっ
て、更には二十世紀の資本主義の隆盛によって崩壊し、
「家庭」は十九世紀のヘーゲルの法哲学が、あるいはフロ
イトの精神分析が想定したような国家や市民社会に出てゆ
くための