(思潮社) 2018年平成30年10月発行
真冬の房総の海に飛び込んだのだという
タカハシは本当に命を絶ったのだろうか
街中をひとり歩いていると
笑うタカハシたちであふれていた
関係性のうちにあって、作中
人物である他者と語り手の私
のあいだには、いつも交換可
能な魔の手があって、そこに
独特な内的緊張関係が妊まれ
ているということであろう。
ーーーーーーーー倉橋健一
虚構の手法を徹底させて、失
われたものに対する哀惜のよ
うなものも浮き彫りにする。
笑いも誘いながらサスペンス
風で妙なペーソスもあり、今
の現代詩には珍しいユニーク
な詩集と思う。
ーーーーーーーたかとう匡子
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2019年平成31年2月18日(月) 朝日新聞夕刊
「倉橋健一の詩集をよむ」 に、
松村信人詩集『似たような話』から、「春」がとりあげられました。
マキちゃんの憂うつ 漂う哀愁
紹介の一篇、ごらんになったら わかるとおり、日々移ろいゆく市
井にあって、ぽつんと取り残された老舗の薬局が舞台。マキちゃんと
あるからかわいい娘さんかなと思ったら、なんのことはない終わりの
ところで〈還暦を過ぎるまでとうとう独り身で〉とあって、老境に近
いオールドミスであることが知らされる。おまけに2階には寝たきり
の母親がいて2人暮らしらしい。
古くからの知人をモデルにしたかたちの生活スケッチ詩のひとつ。
ただ、この詩、表向きののんびり感、侘しさ、倦怠感などの表情を突
きくずすちょっとした毒があって、その分、詩の振幅度を広くする。
世の中どのように移り変わろうとも、てこでも動くまいとする老舗の
頑固な憂うつがあって、作者はどうやらこちらに同情を寄せている点
だ。
昨秋刊行の作者に取って15年ぶりとなる 第3詩集『似たような
話』から、ごく短い一篇を選んだ。作者は現在大阪の地にあって「澪
標」という詩集中心の出版社を営む。その経験もあってのことだろう
が、今日の激しい変貌を遂げる市場環境のなかにあって 、ひと旗あ
げようと目論見ながら、ついつい自分自身をもてあまして消え去って
しまう男ばかりが登場する。「笑うタカハシ」「怒るハセガワ」「匂
うナカガワ」「リュウの行方」など作品名からもあらかたの察しはつ
こう。妙なペーソスに溢れた今の現代詩にはとても珍しい詩篇。