関西学院創立百周年(1989年平成元年)に、關學文藝部OBにより『關學文藝 100周年記念特別号』が発行されました。これを契機として、翌年『別冊 關學文藝』が誕生、文藝部OB以外の同人・会員も加わり現在に到っています。※発行所=「別冊關學文藝」事務局・第41号より澪標内            入力=伊奈忠彦 『別冊關學文藝』代表

2016年11月20日日曜日

別冊關學文藝 第五十三号

 

 


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2016年平成28年11月1日発行

編集人   浅田厚美  発行人 松村信人
発行所 「別冊關學文藝」事務局(澪標 内)

表紙(石阪春生) カット(柴田 健)




創作  
フランス刺繍              (浅田厚美)
落下する夕暮               (名村 峻) 
クリーニング・ウォー           (美馬 翔)
英国エリザベス女王の和風晩餐会               (多治川二郎)
真実の友情               (多治川二郎)       
ゴースト                  (石川憲三)
         
  

椋鳥の怨嗟               (山添孤鹿) 
ごみくず                   (中嶋康雄)
シナモンスティック             (中嶋康雄) 
火傷                        (中嶋康雄)
 リュウの行方               (松村信人)

 
ブログ「文学逍遥 伊奈文庫」再録(抄)(第13回)(伊奈遊子(ゆうし)


ノンフィクション
下手の横好き ~老いたる野球少年の思い出   (和田浩明)


エッセイ
五輪眼鏡                    (塩谷成子)
新・街談録                (森岡久元)
 
文芸トピックス
  
編集後記  浅田厚美  松村信人
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名村峻 「落下する夕暮」が

第11回神戸エルマール文学賞佳作賞を受賞

しました!

 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
「エルマール11号」(2017年10月発行)
に選考各委員の選評が掲載されていますので
転記させていただきます。

【浅田厚美】
六十歳を過ぎた頃から、頻繁に〈落ちる夢)を見るようになった。
そんな明彦がホテルで中国人旅行客を見かけたのをきっかけに、三十
年前にCMの撮影で訪れた中国での出来事を思い出すかたちで物語は
進んでいく。
 トーマス・ハーディ原作の映画「遥か群衆を離れて」のなかの、
下に次々と落下していく羊たちのイメージが、黄河に繋がっていく。
作者のこのナイーブな感性によって読者は彼の作品世界へと導かれる
ことになる。
 新作化粧品のCMのために、原材料となるムラサキツユクサの群生
シーンや紫色に染まる夕暮れを背景に泉で水浴びをする少女の姿を撮
ろうと大掛かりな中国ロケが敢行される。一九八〇年代の中国で予想
もできない事態に遭遇しながら撮影隊は進んでいくのだった。明彦は
想いを寄せる女性、玲子を日本に残している。彼女とは連絡を取り合
っているが、その心が離れていく様子は二人の間に横たわる距離を思
わせて歯がゆい。
 北京から瀋陽、鞍山、丹東、敦煌へと撮影隊の旅は続く。風景描写
に重ねて明彦の気持ちの揺れが丁寧に書かれている。綺麗なCMは無
事完成するが、明彦は人間と自然の関わり合いに嘘くささを感じる。
自分の書いたコピー「自然に寄り添って美しく生きる」と現実との違
感を抱きながらこの仕事を終えるのである。愛する女性は去り、三
年後の神戸で彼はひとりで想いに浸る。
 静かで淡々としたなかに作者の繊細な感性が佇む秀作である。

    
 【大塚 滋 
 初老の男性の思い出。三十歳を過ぎた独身の頃、化粧品会社のCM
をつくることになり、初めての映像部門の仕事につく。チームを組み
花、人、街、自然、女性などをもとめて、中国各地を訪れる。(小
出しには、北京、瀋陽、丹東、敦煌、鳴砂山、月牙泉、蘭州、黄河
・・・・)予定では約一ヶ月をかけての中国横断。
 仕事で女性誌の女性編集者(年上、子供有り)との間に恋心が生じ
ている。という構成もよく、小事件が幾つかある仕事の旅が楽しい。
 旅行そのものが大きな動きなので、少波乱はあるが、あまり感じな
い。ユーモアも入り、悠々たる、温かみもある、しかし淡々たる筆致
が快い。書きなれた作家の文章である。
 中国の役人らしい人が同道し、事あるごとに目をひからしている。
僚によるフイルムや機器の差し押さえがあり、日程が遅れたりして
少しはらはらするあたりもうまいと思った。

     
【野元 正】
 菅野明彦は六十歳過ぎから、高層ビルや山道や羊の群れと一緒に自
分も落下するなど〈落ちる夢〉をしきりに見るようになる。
 そして思い出す。三十歳過ぎに中国へ化粧品会社の映像CMを撮り
行ったことを。北京、瀋陽、敦煌などを巡る。特に敦煌や「鳴沙山
の紫色の夕暮」や行方不明のイギリス女性などの場面や日本にいる年
上で子持女性編集者への恋のやりとりが印象に残る。紀行文的な文章
だが、構成はしっかりしており、手慣れた作品だ。文さんという、お
そらく軍隊の情報将校だと思うが、この人物の存在は物語をミステリ
アスにしておもしろい。また中国独特の考え方についても経験がある
ので、よく分かる。ムラサキツユクサについて記述しているが、もう
少し幻想的なほうが佳いように思えた。

       
【舟生芳美】
  大学で非常勤講師をつとめる菅野明彦は、六十を過ぎた頃から落
ちる夢を見るようになった。ホテルの二階テラスから一階を見おろす
と、中国旅行者たちがいた。フロント近くの買い物の山はいわゆる「
爆買い」だろうと眺めていると、CM制作のため、三十年前に中国を
訪れた日のことをおもいだす。同じ頃に、出合って、そして別れた日
比野玲子のことも同時進行的に、回想する。明彦は、かつてエコノミ
ックアニマルと呼ばれた人の一人だろうか。それで羊の群れの中に自
分がいて、仲間たちと一緒に転落していく夢など見るのだろうか。文
体はナイーブで繊細だ。

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 神戸新聞  同人誌評 (野元 正・作家) 

浅田厚美「フランス刺繍」評

(2016年平成28年11月26日土曜日掲載)

現実でも小説でもかけがえのない人との出会いが、
その人の人生を大きく変える。
『別冊關學文藝』53号:浅田厚美「フランス刺繍」

工務店社長の 龍平、千代夫妻が大阪高島屋の「フランス刺繍展」
を見たことがきっかけに、千代は刺繍に興味を持ち、体験教室な
どを受講。千代には刺繍の才能があり、〈集中して集中した先に〉
何かが見えるという八木沢先生の見識を信じて龍平は千代を正式
に刺繍教室に入門させる。
 ホテルの講座を卒業した彼女は、18世紀のウイーンの宮廷に
花開いた刺繍「プチ・ポアン」の愛好者が集う芦屋のサロンに通
い、やがて千代の刺繍は一目置かれる。龍平は千代が刺繍に集中
できるように、資材置場の刺繍部屋への改装や高校教師の三男祟

(たかし)の引きこもりの問題の解決などに奔走する。
またフランスの刺繍学校に短期留学する八木沢先生に同行する千
代は、関西空港まで送った龍平に、「お父さんありがとうの言葉
を残して出発。龍平は深い満足感に浸り、パリで刺繍に専念する
千代を思い浮かべ、どんな困難をも乗り切れると思うー。
刺繍に熱中する妻の才能を引き出すことにかける夫の心理描写や 
夫婦愛が繊細な感性で書き込まれた好短編だ。
  
 


 


                 ☆

「樹林」(2017年平成29年2月1日発行)
小説同人誌評(細見和之)
浅田厚美「フランス刺繍」評

『別冊關學文藝』第53号掲載の、浅田厚美「フランス刺繍」
は、まったく別の形での女性の自立を、その夫・山中龍平の視点
描いている。 
龍平は大工の棟梁だった父の跡を継いで、いまでは従業員を抱か
える工務店の社長をしている。仕事ひと筋で、妻・千代も派手
暮らしとは無縁な状態で暮らしながら、三人の息子を育て、三人
ともいまでは独立して社会人として生活している。
夫婦で難波の高島屋を所用で訪れたとき、町内の知人から招待
をもらっていた「フランス刺繍展」に二人は立ち寄る。美しい
刺繍に見入っている千代を見て、龍平は三万円もするブローチを
 思わず購入する。その展覧会の主催者の女性・八木沢の作品だっ
。千代はその後、八木沢の刺繍教室の体験講座に行き、やがて
月一回の本講座にも通うようになる。その間、渋りがちな千代の
背中を龍平は一貫して押し続ける。とくに本講座は高級ホテルの
一室を借りたもので、服装自体、それ相応のものを誂えてゆかね
ならない 
このあたりから、いつか話が急転直下、暗転するのではないか、
と読んでいて不安になってくるのだが、八木沢、千代、龍平の関
はいたって良好に続いてゆく。八木沢は千代の刺繍の才能を本
で見込んでいるようなのだ。龍平もそんな千代の姿がうらやま
しくて仕方がない。唯一暗雲が兆すのは、高校教師をしていた三
男の嵩をめぐって。彼が担任をしていたクラスの生徒がいじめか
ら自殺未遂を企て、その責任を問われて鬱状態で欠勤状態になっ
ていることが判明する。しかし、実家に戻った嵩は、刺繍に打ち
 込む母の姿に接して、次第に心の平静を取り戻してゆく。
 八木沢とともに刺繍修行のために千代がとうとうフランス留学
までいたるところで作品は結ばれる。龍平の献身ぶりといい、千
代の刺繍の才能といい、出来すぎた話という印象は拭えないのだ
が、刺繍というものの奥行まで教えられて印象深い作品だった。













 

 


 
 

 
 

 

 


 






 

 


 
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 
 
 




















 

 

 

 

 

 


 




 

 

 
 
  
 

2016年4月21日木曜日

別冊關學文藝 第五十二号








2016年平成28年5月1日発行

編集人   浅田厚美  発行人 松村信人

発行所 「別冊關學文藝」事務局(澪標 内)

表紙(石阪春生) カット(柴田 健



創作
埋門(うずみもん)           (森岡久元)
ビアトリクス・ポター・マニア(三)  (浅田厚美)
叔父たちの戦争            (名村 峻)
 武士に二言なし(私の見合い結婚)後篇 (美馬 翔)
課長は仕事がお好き         (石川憲三)
円空、慈愛を彫る           (江竜喜信)
    

巫(かんなぎ)伝承          (山添孤鹿) 
カラス                (中嶋康雄)
沼の家                (中嶋康雄) 
徒労                 (中嶋康雄)
余熱                 (中嶋康雄)
白蝶                 (中嶋康雄)
 春                    (松村信人)

 
ブログ「文学逍遥 伊奈文庫」再録(抄)(第12回)(伊奈遊子(ゆうし)


ノンフィクション
三たび さゝやかな放送ウラばなし   (和田浩明)


エッセイ
獏枕(ばくまくら)             (塩谷成子)

 
編集後記  浅田厚美  松村信人
 

同人雑誌時評 野元 正) 

神戸新聞(2016年5月28日土曜日)掲載

 『別冊關學文藝』52(大阪市中央区内平野町2の3の11の
203澪標内)浅田厚美「ピアトリクス・ポター・マニア(三)」。
この作品も15年から(一)(二)と連載された。英会話や宿泊
の予約など出発準備、一人旅の経緯、私立高校の事務職員朋子を
何かと励ますディビット先生のことなどが、期待と不安をない交
ぜに語られる。
 
 今号は、出発・現地編。独身の朋子は2年前に友だちと行った
英国湖水地方の旅が忘れられず、「ピーターラビット」の英国絵
本作家ピアトリクス・ポターに憧れ、マニアに近い朋子は日本在
住のディビットと互いに高まる恋情と閉鎖的な故郷の村からつか
の間の逃避行を意識しながらポターゆかりの地を滞在型の一人旅
で巡る。鉄道の旅、ポターの生家、草原に家々が点在する「ポス
トオフィス・メドウ」、偶然見つけた「ピアトリクス・ライブラ
リー」などが感性豊かな筆致で描かれている。いよいよ帰国。朋
子はディビットの求愛を受け入れる決心をしていたー。優れた紀
行小説であり、ポターの優れた手引書とも言える。
 
 
 
 

同人誌評
小説同人誌評 「書くことの意味」  
細見和之 『樹林』(平成28年8月1日号)
 今回はベテランの作品に力作が多い印象だった。その代表は『別冊關學文藝』第52号掲載の、森岡久元「埋門(うずみもん)」。江戸時代、中期の後半あたり、天明八年(七八八年)に、江戸の日本橋小伝馬町、小伝馬町牢屋敷で死罪に処せられた一組の男女の物語である。
 女の名前は「おつる」。二十三歳のたばこやの女房であり、一方、男の名前は「庄次郎」で三十才あまり。「牢抜け」(脱獄)した庄次郎をかくまったというのがおつるの罪である。堅気の女房であったおつるは、湯屋で窃盗の罪を犯し入牢する。そこで、やはり未決囚として入牢し、牢名主の立場にあった庄次郎とほのかな出会いを遂げたのだった。
 やがて「過怠牢」と呼ばれる五十日ないし百日の入牢ののち、おつるは娑婆に出るが、ある日、庄次郎が見事に脱獄を果たし、たばこ屋のおつるに会いに来る。そこから二人のめくりめくような逃避行がはじまる。その二人のあとを、まるで踵を接するようにして北町奉行所の鋭敏な同心が追いかける・・・・。
  四百字詰め換算百二十枚ほどの作品だが、どの場面もじつに生き生きとしている。しかし、この小説はたんなるフィクションではなくて、実際の記録にもとづくものの
ようなのである。最初のほうに、語り手「わたし」が伝馬町牢屋敷の平面図を見ていて「埋門」というものを見つけ、それが実際にどのような門であったかを知ろうとしていくつかの文献にあたり、そのうちの一冊『牢獄秘録』のなかで、おつると庄次郎の記録に出会った、と記されているからだ。ただしその記録はわずか二ページのものだったという。そこから、他の文献や記録にあたることで、筆者はこの物語を綴っていったようなのだ。牢屋のなかの制度と習慣、そこでの人間関係、おつるが従事していた当時のたばこ屋の様態、二人の逃避行の道筋と奉行側の対応など、じつに克明で迫真的なのだ。
  いや、ひょっとして『牢獄秘録』という記録書自体がフィクションかもしれないと思えてきて、インターネットで調べてみると、国会図書館のデジタル・コレクションの一冊として、ダウンロード可能なのだった。それを見ると、確かに「大宮無宿大次郎御仕置の事」という項目で、ここに描かれている二人についての記述がある。分量は二ページ半。ただし、作中で「庄次郎とされている名前は項目タイトルのとおり「大次郎」であり、たばこ屋の女房のほうにいたっては、この記録では「名は逸す」とだけ書かれていて、実際の名前は登場しない。たばこ屋の女房のほうは名前までが忘却されている。実際、この「名は逸す」の文字は『牢獄
秘録』の記録を読んでいて、じつに切ない箇所なのだ。つまり、作者はその女房に「おつる」という明確な名前を与えることで、二人の物語をあらためて復元したのである。
  そこで獄死した無数の、文字どおり無名の死者たちに名前を与えること----。それはもとより、たんに名前を具体的に付与することに尽きるのではない。何よりも、それはこのように物語ること、二人の生涯にくっきりとした輪郭を与えることによって果たされるのだ。あらためて「埋門」というタイトルが強い意味を帯びて迫ってこざるをえない。無数の人々の、名前も事跡も埋めている門である。小説というものの意味を強く考えさせてくれる力作だった。 
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詩時評  
松本衆司 『樹林』(平成28年8月1日号)
 『別冊關學文藝』第五十二号を読む。二〇〇頁を超える文芸誌の大半は創作やエッセイイだが、詩もある。松村信人氏の「春」を引く。
 
     
   マキちゃんはカウンターに俯せている  / 半年後には百周年を迎えるという 
    / 老舗の薬局もこのところ客足が途絶えがち / 隣の銭湯の跡地には  /
    高層マンションが建った  /  土地の権利や工事の騒音とかで長い間揉めて
   きた   /  建つには建ったマンションに人の気配はない  / 向かいの弁
   当屋が廃業し  /  コンビニが出来た  /  馴染みの電気屋や家具屋も 
    /  いつの間にか姿を消し  /  真新しいテナントビルが姿を現した  
    /  マキちゃんはカウンターに俯せたままだ  /  前の通りを見知らぬ人
    たちばかりが行き来する  /  一本の電話もかかってこない  /  還暦
    を過ぎるまでとうとう独り身で  /  三代目の暖簾を守ってきたというのに
    /  二階の部屋の奥から  /   寝たきりのオカンが呼んでいる  
           
  
 生きる意識も生活習慣も違う。そんな他者の町になった場所のカウンターで、「マキちゃん」は「俯せている」。かつて老いることは豊かな経験を伴った成熟だった。ただ美しい「春」を信仰する現代人に想像力は乏しい。これこそが現代社会の深刻なテーマだ。





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下記の添付ファイルは、

ブログ『柳葉魚庵だより』より。

『別冊關學文藝』第五十二号について紹介していただきました。

太極拳の師、伊奈遊子さんから、別冊關學文藝(第52号)が届きました。伊奈さんは、広告代理店在職中にクライアントから太極拳を勧められ、太極拳を極められた後、伊奈教室を始められ、鉱脈を掘り当てられたような充実した第2のキャリアを送られています。第2のキャリアの中には、執筆活動も含められています。「伊奈文庫」からの採録も、もう12回目になります。今回採り上げているのは、「パルタイ」の倉橋由美子、関学の先輩で夭折した天才詩人の吉田駿介、北杜夫の「少年」、「松山市教育委員会編」の「伝記 正岡子規」です。とくに「伝記 正岡子規」は参考になりました。
そして、昨年末開かれた伊奈遊子作「枯れ木に花を咲かせましょ」出版記念パーティでは、伊奈さんは没後36年の先輩詩人、吉田駿介さんの詩集「それからいくどもいくども昼と夜が」を朗読されたとか、これをみても、別冊關學文藝が若き日の文学への情熱をいかに長く持ち続けている歴史ある同人誌かがわかります。
別冊關學文藝(第52号)には、名村峻氏の「叔父たちの戦争」
が載っています。図書館に残された叔父の戦争体験記を取り寄せ、
その頃の日々を思い出し、叔父たちの戦争を追体験する。そこに
は血の繋がった肉親、親類にしか感じえない、生々しさがありま
す。そして、私たちは、やがてその戦争の影さえ見失ってしまう。
そう著者は警告しているのかもしれません。
 ところで、先日、TVで「ALLWAYS三丁目の夕日」の山
崎監督が最先端のCGの映画監督だと知りました。セットの様子
も映しましたが、そういうわけで、ほとんどセット=ブルーシー
ト、つまり、山崎監督は何もないところに、戦時を描いたのですね。
びっくりしました。しかし、伝統工芸が失われていくにつれ、もの
つくりにおける人間の手の大切さを思います。叔父さんたちが、何
一つ機械も使わず、文字通り手作りで描いた戦争と、CGが描く戦
争、人間の手と頭脳がつくる新たな未来に期待したいです。
 
   叔父たちの戦争今年もあの夏が来る