2016年平成28年5月1日発行
編集人 浅田厚美 発行人 松村信人
発行所 「別冊關學文藝」事務局(澪標 内)
表紙(石阪春生)
カット(柴田 健
創作
埋門(うずみもん) (森岡久元)
ビアトリクス・ポター・マニア(三) (浅田厚美)
叔父たちの戦争 (名村 峻)
武士に二言なし(私の見合い結婚)後篇 (美馬 翔)
課長は仕事がお好き (石川憲三)
円空、慈愛を彫る (江竜喜信)
詩
巫(かんなぎ)伝承 (山添孤鹿)
カラス (中嶋康雄)
沼の家 (中嶋康雄)
徒労 (中嶋康雄)
余熱 (中嶋康雄)
白蝶 (中嶋康雄)
春 (松村信人)
ブログ「文学逍遥 伊奈文庫」再録(抄)(第12回)(伊奈遊子(ゆうし))
ノンフィクション
三たび さゝやかな放送ウラばなし (和田浩明)
エッセイ
獏枕(ばくまくら) (塩谷成子)
編集後記 浅田厚美 松村信人
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同人誌評
『 小説同人誌評 「書くことの意味」 細見和之
今回はベテランの作品に力作が多い印象だった。その代表は『別冊關學文藝』第52号掲載の、森岡久元「埋門(うずみもん)」。江戸時代、中期の後半あたり、天明八年(七八八年)に、江戸の日本橋小伝馬町、小伝馬町牢屋敷で死罪に処せられた一組の男女の物語である。
女の名前は「おつる」。二十三歳のたばこやの女房であり、一方、男の名前は「庄次郎」で三十才あまり。「牢抜け」(脱獄)した庄次郎をかくまったというのがおつるの罪である。堅気の女房であったおつるは、湯屋で窃盗の罪を犯し入牢する。そこで、やはり未決囚として入牢し、牢名主の立場にあった庄次郎とほのかな出会いを遂げたのだった。
やがて「過怠牢」と呼ばれる五十日ないし百日の入牢ののち、おつるは娑婆に出るが、ある日、庄次郎が見事に脱獄を果たし、たばこ屋のおつるに会いに来る。そこから二人のめくりめくような逃避行がはじまる。その二人のあとを、まるで踵を接するようにして北町奉行所の鋭敏な同心が追いかける・・・・。
四百字詰め換算百二十枚ほどの作品だが、どの場面もじつに生き生きとしている。しかし、この小説はたんなるフィクションではなくて、実際の記録にもとづくものの
ようなのである。最初のほうに、語り手「わたし」が伝馬町牢屋敷の平面図を見ていて「埋門」というものを見つけ、それが実際にどのような門であったかを知ろうとしていくつかの文献にあたり、そのうちの一冊『牢獄秘録』のなかで、おつると庄次郎の記録に出会った、と記されているからだ。ただしその記録はわずか二ページのものだったという。そこから、他の文献や記録にあたることで、筆者はこの物語を綴っていったようなのだ。牢屋のなかの制度と習慣、そこでの人間関係、おつるが従事していた当時のたばこ屋の様態、二人の逃避行の道筋と奉行側の対応など、じつに克明で迫真的なのだ。
いや、ひょっとして『牢獄秘録』という記録書自体がフィクションかもしれないと思えてきて、インターネットで調べてみると、国会図書館のデジタル・コレクションの一冊として、ダウンロード可能なのだった。それを見ると、確かに「大宮無宿大次郎御仕置の事」という項目で、ここに描かれている二人についての記述がある。分量は二ページ半。ただし、作中で「庄次郎とされている名前は項目タイトルのとおり「大次郎」であり、たばこ屋の女房のほうにいたっては、この記録では「名は逸す」とだけ書かれていて、実際の名前は登場しない。たばこ屋の女房のほうは名前までが忘却されている。実際、この「名は逸す」の文字は『牢獄
秘録』の記録を読んでいて、じつに切ない箇所なのだ。つまり、作者はその女房に「おつる」という明確な名前を与えることで、二人の物語をあらためて復元したのである。
そこで獄死した無数の、文字どおり無名の死者たちに名前を与えること----。それはもとより、たんに名前を具体的に付与することに尽きるのではない。何よりも、それはこのように物語ること、二人の生涯にくっきりとした輪郭を与えることによって果たされるのだ。あらためて「埋門」というタイトルが強い意味を帯びて迫ってこざるをえない。無数の人々の、名前も事跡も埋めている門である。小説というものの意味を強く考えさせてくれる力作だった。 』『樹林2016秋号』
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下記の添付ファイルは、ブログ『柳葉魚庵だより』より。
『別冊關學文藝』第五十二号について紹介していただきました。
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太極拳の師、伊奈遊子さんから、別冊關學文藝(第52号)が
届きました。伊奈さんは、広告代理店在職中にクライアントか
ら太極拳を勧められ、太極拳を始められ、鉱脈を掘り当てられ
たような充実した第2のキャリアを送られています。「伊奈文
庫」からの採録も、もう12回目になります。今回採り上げて
いるのは、「パルタイ」の倉橋由美子、関学の先輩で夭折した
天才詩人の吉田駿介、北杜夫の「少年」、「松山市教育委員会
編」の「伝記 正岡子規」です。とくに「伝記 正岡子規」は参考
になりました。