関西学院創立百周年(1989年平成元年)に、關學文藝部OBにより『關學文藝 100周年記念特別号』が発行されました。これを契機として、翌年『別冊 關學文藝』が誕生、文藝部OB以外の同人・会員も加わり現在に到っています。※発行所=「別冊關學文藝」事務局・第41号より澪標内            入力=伊奈忠彦 『別冊關學文藝』代表

2015年11月2日月曜日

別冊關學文藝 第五十一号

 

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2015年平成27年11月1日発行

  • 編集人浅田厚美  発行人 松村信人
  • 発行所 「別冊關學文藝」事務局(澪標 内)
  • 表紙(石阪春生) カット(柴田 健)


創作
ロング・ウェイ・ホーム       (名村 峻)
天皇の浜焼き鯛ー尾道少年の戦後絵日記からー
                  (森岡久元)
ビアトリクス・ポター・マニア(二) (浅田厚美)
要望書               (石川憲三)
武士に二言なし(私の見合い結婚)前篇(美馬 翔)
我が人生に悔いはなし        (多冶川二郎)



幻                 (山添孤鹿) 
蚊柱                (中嶋康雄)
光る自動販売機の夜のこと      (中嶋康雄)
果糖                (中嶋康雄)
海                    (松村信人)

 
ブログ
「文学逍遥 伊奈文庫」再録(抄)(第11回)(伊奈遊子(ゆうし)
 

ノンフィクション
さゝやかな放送ウラばなし(続)    (和田浩明)


エッセイ
落ちても偶像               (塩谷成子)
 
 
編集後記  浅田厚美  松村信人
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下記の添付ファイルは、

ブログ『柳葉魚庵だより』より。

『別冊關學文藝』第五十一号について紹介していただきました。


太極拳の師、伊奈遊子さんから、別冊關學文藝(第51号)が
届きました。
 別冊關學文藝は、關學文藝部OBを中心とした同人誌。198
9年(平成1年)関西学院創立百周年に『關學文藝 100周
年記念特別号』がOBにより発行され、これを契機として『別
冊關學文藝』が誕生したとか。現在すでに51号を数えます。
 
小説、詩、エッセイ、ドキュメンタリーの他、伊奈遊子さんの
ブログ「文学逍遥  伊奈文庫」再録(抄)第11回が載っていま
す。尚、伊奈さんは先頃、ブログ「文学逍遥 伊奈文庫」再録(
抄)の10回分を纏めて、「枯れ木に花をさかせましょ」とし
て、上梓されました。今回取り上げているのは、又吉直樹「火
花」、小野十三郎詩集、三島由紀夫少年詩及び「近代能楽集」な
どです。特に又吉直樹「火花」が気に入られたようで、芥川賞を
取る前に本屋で出会った時からをブログに取り上げておられます。
そして又吉直樹の「火花」を久々に登場した無頼派文学の小説と
言っています。次作でどんな無頼の世界を描くのか、私も楽しみ
です。
 また、伊奈さんは25年前に、新神戸オリエンタルホテルで蜷
川幸雄演出の「近代能楽集」の中、「卒塔婆小町」と「邯鄲」を
観劇されているとかで、学生時代から、広告代理店勤務時代、現
在に至るまで、太極拳だけでなく、文学に対する情熱も持ち続け
られたようですね。

 第51号には、名村峻氏の小説「ロング・ウェイ・ホーム」も
掲載されています。高校時代の同級生の女性から「突然のことで
申し訳ありません。ご連絡をいただきたいのが・・」とだけ書か
れたハガキが届くところから、物語は始まります。ハガキに呼び
寄せられたかのように、突然帰省し、小京都と言われる裏日本の
その市に今も住む同級生と会うことになった主人公。それは遠い
昔の高校時代への思い出の旅でもあったのです・・。百人一首か
た取りの世界が展開され、名村峻氏の上質な、抑制のきいた大
の色気の世界を感じました。

「落ちても偶像」「我が人生に悔いなし」「ささやかな放送ウラ
ばなし」「武士に二言なし」「要望書」・・等々、面白く読ませ
ていただきました。

 
   冬晴れを走り出したる猿の年
 


2015年5月4日月曜日

別冊關學文藝 第五十号

 

2015年平成27年5月1日発行

編集人
 浅田厚美  発行人 松村信人
発行所 「別冊關學文藝」事務局(澪標 内)

表紙(石阪春生) カット(柴田 健)

創作
深夜のウォーキング・クラブ    (森岡久元)
島の生活               (名村 峻)
ビアトリクス・ポター・マニア(一) (浅田厚美)
約束                  (石川憲三)
もう一人の力道山          (江竜喜信)
愛と希望の旅立ち          (多冶川二郎)



壷                    (山添孤鹿) 
雑草ガーデン/ツェツェ人     (中嶋康雄)
流転                    (松村信人)

 
ブログ
「文学逍遥 伊奈文庫」再録(抄)(第10回)(伊奈遊子(ゆうし)
 

ノンフィクション
さゝやかな放送ウラばなし     (和田浩明)


エッセイ
四肢麻痺                (冨田明宏)
靴下を繕いながら            (塩谷成子)
 
 
特集・別冊關學文藝五十号に寄せて
石阪春生(祝 別冊關學文藝) / 大塚滋(壮年期) /  疋田珠子(『別冊關學文藝』と昔の同人雑誌  /  野元正(『別冊關學文藝』と神戸  /  細見和之(『別冊關學文藝』五十号に寄せて  /  山田兼士(ご挨拶 五十号vs五十号)  /  海部洋三(一筋の川)  /    和田浩明(老いの坂)  /  森岡久元(三十四の小旅行)  /  浅田厚美(書くということ)  /  石川憲三(合評会の風景)
  

編集後記  浅田厚美  松村信人
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本誌掲載の名村峻「島の生活」が

第10回神戸エルマール文学賞の

候補作に選ばれました。

各選者の選評は次の通りです。

(大塚滋 評)
 多分、神戸ポートアイランドに住む初老(?)の筆者の暮らしを語
「歩く人」「泳ぐ人」「裸族たち」の三編からなる。タイトルの、
世間から隔絶した離島の暮らしの感じは裏切られる。多くの近代的設
備や大学や病院が整った、島自身が都会である。そこで人生を達観す
る大人の文章だ。

 最初の作品「歩く人」の主人公は腰に支障があり、登山用のステッ
キを頼りにしている。島を歩き、やがて志を立てて、島の南に浮かぶ
空港島へ橋を渡ることを決意する。

 文章がやさしさと明るさを保ちながら、あとの話(空港島の帰りに
動けなくなったこと、溺れそうになったこと、サウナで人が死んだこ
と)など危ない話を人生にからませながら語り継いで行く。

(浅田厚美 評)
 腰をいため普通に歩くことができなくなった主人公健介はポートア
ランドとおぼしき人工の島で暮らしている。神戸という街にもはや
必要とされなくなった自分を感じ、アイランダー(島人)となる決心
をしたのである。かつては仕事で海外を飛び回り東京でも長く暮らし
た彼だったが、今は普通ではない歩き方でただ島をまわっている。し
かしちょっとした冒険で島の南海上に浮かぶ空港まで行った帰りに彼
は自力で立ち上がれなくなるのである。この彼の姿は滑稽でかなしい。
 近くにあるホテルのプールで水中歩行を試みて溺れかけた後は、同
場所にあるジムとサウナに通うようになる。そこで知り合った島に
あるシューズメーカーの会長がお風呂で老人の死体を見つける。その
出来事によって日常のなかの死を感じ取っているのは健介自身である。
 老人が亡くなった後のお風呂で彼は夢を見る。決して渡らぬと決め
街への橋が消えて、箱庭のような小さな島だけが足元に残っている
のである。

 生きていくということをじっくりと考えさせられる作品である。

(舟生芳美美 評)
神戸の人工島に暮らす彼、澤田健介が欲しいものは普通に歩けること
だ。幾つかの外国の街を訪れたが、今では橋を渡って街に行きたいと
も欲しない。かつて人生を、仕事を謳歌した男の無常観が伝わってく
る作品だ。

(野元 正 評)
 神戸のポートアイランドらしい人工島がこの小説の舞台だ。腰を痛
めた主人公健介は、「街」に通ずる橋を渡ることを止めて、人工島の
中だけで生きるアイランダー(島人)となると決心した。そして、始
めたのは不自由な歩き方で島中をくまなく歩き、彼なりの島の地図を
作ることだった。彼にとって街はよそよそしく遠ざかり、すでに行き
場のない迷路と化していた。一年あまりの島の彷徨で少し元気を取り
戻し、冒険心が湧いて、普通でない歩き方で島の先にある空港島へ行
った帰り、転び立ち上がれなくなる。取りあえず歩くことを中止し、
ホテルのプールに通うことにしたが、溺れかける。溺死未遂後は軽い
ストレッチ体操と風呂(サウナ)が彼の生活のすべてになった。やが
て島のシューズメーカーの会長だというリッチなオジサンが風呂で八
十歳ぐらいの老人の死体を見つけるなど、彼は身近に死を感じる。そ
して老人が逝った風呂で健介は、「街」への橋が消え、「箱庭の街」
だけが眼下に見える夢を見たー。閉鎖的な島人として生きることと
は、世捨て人の心境を垣間見るような作品だった。



神戸新聞同人誌評(野元 正・作家)

2015年5月30日(土曜日)掲載


 印象に残る人間模様

 小説は夢とうつつの狭間の微妙で計り知れない幻影を巧み
描写してみせる。
 「別冊關學文藝」50 (大阪市中央区内平野町2の3の
11の203・澪標内)。本誌は創刊から25年、50号の
記念号。お祝いのエールを送る。

 森岡久元「深夜のウォーキング・クラブ」。作品はウォー
キング後にひと休みする深夜のファミレスで雑談仲間となっ
た、年金生活者2人と現役世代1人が主役。風変わりな構成
と設定が絶妙だ。

 3人は住民が減少、高齢化し、終末期のような衰退した町
のことをよく話題にする。現役で未婚の大友は高齢者の孤独
死や、女子学生との親密さを疑われて高校教師を退職した過
去の幻影に、吾妻は別居7年の妻と、死んだ愛人の幻影に、
山中は、母との確執によるストレスから心を病み、胃がんで
逝った妻の幻影に、それぞれ悩むー。現代社会の多様な問題
を浮上させた実験的秀作だ。

 同誌の和田浩明「さゝやかな放送ウラばなし」。ノンフィク
ションだが、元NHKラジオ、テレビプロデューサーと田中千
禾夫、田中澄江、茂木草介、宮本研、虫明亜呂無の創作家ら
の作品制作の経緯は興味深い。



小説同人誌評 

細見和之 『樹林』(平成27年8月1日号)
 
 『別冊關學文藝』が第50号に達している。半年に一回の発行、
二十五年できっちり五十号なのだから、たいしたものだ。ここでは
江竜喜信「もう一人の力道山」を紹介しておきたい。
 
 持病の緑内障の治療を受けてきた「私」は、いままでかかってきた
医師が高齢を理由に診療所を閉じたため駅前の「駅前眼科」を訪れ
る。その受付のところに掲げられている開業証明書にある医師の名前
「高昌代」を目にして驚く。中学生のときに出会った在日朝鮮人で、
当時は「高石昌代」と名乗っていた女性ではないか、と直感したから
だ。そこから「私」が中学生だった時代、一九五〇年代の終わりから
六〇年にかけての地元の光景に場面は変わる。

 そのころ「私」の集落には十五世帯ほどの朝鮮人が暮らしている一
画があった。男たちはくず鉄拾いなどをし、女たちは闇米の「担ぎ
屋」をしていた。高石昌代の母親も担ぎ屋をし、家では豚を飼ってい
て、その世話をしていたのが昌代だった。その昌代に中学生の「私」
は密かに恋心を抱いていて、豚小屋を見ていたときに昌代の父と思わ
れる、片腕のない男に声をかけられる。その後、朝鮮人同士が争うよ
うな場面も登場する。原因は北朝鮮への帰国をめぐる問題だった。

 じつは私自身、自分の地元で、まさしくこの作品に描かれているよ
な歴史を掘り起こしたいと願っている。やはりこういう記憶に拘っ
ている作者がいることを知って、励まされもする。しかし、実際に昌
代と「私」が現時点で当時のことをそれぞれの立場から語り合う展開
にはなっていない。そもそも眼科医高昌代がかっての高石昌代である
ことも作品の枠内ではあくまで推測にすぎない。ここは踏み込みが
必要だろう。昌代でない在日朝鮮人の女生徒が「うちら、在日コリア
ンのことやんか」と呟く科白などにも違和感がある。当時、「在日コ
リアン」という言葉などまだなかっただろうと思うからだ。

 
 
 

下記の添付ファイルは、

 ブログ『柳葉魚庵だより』より。

『別冊關學文藝』第五十号について紹介していただきました。 

  太極拳の師・伊奈遊子さんから、別冊關學文藝(第50号)が届き
ました。創作、詩、エッセイ、ブログなど、幅広い内容です。中で
も、名村峻氏の小説「島の生活」を興味深く読みました。
 
 「島の生活」の主人公は、これまでの現役バリバリの企業人ではな
く、リタイアした男のある老後が描かれ、より身近に切実に人生を感
じることができました。
 
  長年腰の支障に悩まされ、もう普通に歩けなくなっている主人公
は、橋の向こうにある街へ行くことを諦め、島の中だけで暮らしてい
くことを決心します。そして、30年近く住んでいながらよく知らな
かった島を改めて歩いて、自分なりのMapを描こうとします。コン
ビニや病院や公園や大学など、一つ一つをMapに描くように丁寧に
歩く様子の描写は、むしろ新鮮です。かっては、ニューヨーク、パ
リ、ウィーン、ローマ、シンガポール、上海等、世界の多くの国々
を訪ねた男の「島を歩く生活」が一年近く続いたある日男は島の南
端にある空港まで歩くという”冒険”に挑みます。そして”冒険”が成功
裡に終わろうとするすんでのところで、彼は敷石に足を引っかけ、し
ゃがみこんでしまうのです。彼を助け起こそうと通りすがりの人々。
それぞれに、それぞれの老後がやってくることを象徴しているよう
で、どこか、カフカの世界のような不思議な世界を感じさせる小説で
す。
 
  別冊關學文藝(第50号)には、伊奈遊子氏のブログからの抜粋
も載っています。主に、金鶴泳の「凍える口」と夏目漱石の「ここ
ろ」というよりは、惜しぬらくも自殺してしまった金鶴泳の人生や漱
石の意外な人物像が取り上げられていて、重いテーマながら興味深く
読むことができました。中でも、漱石の家庭内暴力の話は意外でした
し、金鶴泳の吃音の話は読んでいて辛いものがありました。
 
  そして、いつも思うのですが、伊奈さんが実に丁寧に作品を読ん
でいるのに感心します。またその中から、読者が興味を抱く箇所を的
確に抜粋してくれています。
 
          花曇り幸薄き人爪を切る