関西学院創立百周年(1989年平成元年)に、關學文藝部OBにより『關學文藝 100周年記念特別号』が発行されました。これを契機として、翌年『別冊 關學文藝』が誕生。以後年2回の発行を続け、関学文藝部OB以外の同人・会員も加わり、現在(令和5年11月10日)第67号を発行。 編集:浅田厚美 発行者=伊奈忠彦(同人代表)

2011年11月20日日曜日

尾道渡船場かいわい (森岡久元)

 



















(発行所=澪標みおつくし)
2000年平成12年11月発行
著者は『別冊關學文藝』『姫路文学』
『酩酊船』同人


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【収録作品 初出誌】

尾道の一番踏切
『別冊關學文藝』第二十号・第二十一号


おとぎ草紙をもう一度
『別冊關學文藝』第十八号


ふたたび祭りの日に
『姫路文学』第一〇六号


尾道渡船場かいわい
『姫路文学』第一〇四号・第一〇五号
※「尾道渡船場かいわい」は
  平成12年 神戸ナビール文学賞受賞

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ブック探検隊

家族のあり方について考えてみたくなる本。ストレスの多い時代に
ものの見方を変えて、気持ちを楽にしてくれる本。今月も選りすぐり
本をご紹介します。
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家族って何だろう
みんなで卓袱台を囲んだ「あの時代」。
夫婦別室もあたりまえの時代。
家族について考えてみたくなる本。
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ちゃぶ台を囲んでおじいちゃん、おばあちゃんも揃って夕食を摂
る・・そんな風景が当たり前だった時代がときどき懐かしく思
い出されます。核家族化が進んだ今日「家族」のかたち、「家庭」
の様子もずいぶん変わってきました。私たちの子ども時代を彷彿
とさせてくれる小説や現代を象徴する本を探してみました。
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『尾道渡船場かいわい』
 戦後10年、まだみんなが貧しかったころは、人との距離が近か
った。本書を読むと、貧しくとものんびりとした、そんな時代が目
の前によみがえってくる。

 「姉妹三人が縁台に座って、売れ残ったスイカやマクワウリを食
べるのが楽しみだった」(「尾道の一番踏切」ーー経済事情、住情
が許さなかった時代であるから、必然と大勢の人々にまみれての生
活である。その分たくましくもなった。
 「棒切れを振り回したたきあいをして、手足に打身や切り傷、擦
り傷は絶えなかったが、ふしぎに誰一人、怪我らしい怪我をするこ
とはなかった」(おとぎ草紙をもう一度)ーーー喧嘩はしても、ワ
ルガキどもでも、一定のルールは守っていた時代なのである。
 
 『尾道渡船場かいわい』は、「高須さん」が青年時代に書いた自
分の小説を見つけ、それを読み返しているうちに昭和三十年代の日
々がよみがえってくるという話。

 著者は四歳から一八歳までのもっとも多感な時期を広島・尾道で
過ごし、それがこの小説のベースとなっている。ノスタルジックな
描写もあるが、淡々とした筆運びや登場人物がさらに小説を書いて
いた、という重層的な手法が効果を奏し、時代がいきいきとよみが
えっている。その背景には『尾道」という町の地形的・文化的な特
徴も一役かっているのだろう。

 大阪と下関の中間に位置し、港町として早くから開けていた尾道
は、瀬戸内海に浮かぶ数多くの島々、背後に控える低い山々、その
中腹や山頂に立つ寺々の山門を持つ町で、江戸時代の文人、大田南
畝が立ち寄ったこと、志賀直哉の旧居があることでも知られている。
そんな故郷を想う描写は、その地に足を踏み入れたことがない読者
でも「訪ねてみたい」と思わせる。願わくば、佇まいが当時のまま
であらんことを。そうは願うものの、町の様子も変化してしまうだ
ろう。しかし、時代が移ろいでも変わらぬ感覚と想いがあることを、
この小説は教えてくれる。